-2026年5月の部長のつぶやき-
大人になるのは 少し不自由で、愛おしい

GWの連休中、地元に帰省した。

いつもは地元に帰ってもひたすらごろごろ寝て、食べて、また寝る、の繰り返しだけど、今年は色々と予定が詰まっていた。

ひさしぶりに会う友達は、見た目は大人っぽくなっていても、やさしさや面白さは変わらず、あのころのまま。話題が学校の些細な出来事から仕事の話になったのはいまだに少しくすぐったい。

夕方、母と近所を散歩した。よく遊んでいた公園の遊具も、家の前の道も、海沿いの防波堤も、全部記憶より小さく感じる。

小さくあたたかいこの町に帰るたび、バリバリ働くかっこいい大人になりたい!ときらきら夢見ていたかつての自分を思い出す。

最近、浜島直子さんの随筆集「蝶の粉」を読んだ。

夢見ることは自由だったはずなのに、それを手に入れようとする時の不自由さを自覚し、現実的な未来像から夢が少しずつ影を薄めていく。

それは悲しいことでも嬉しいことでもなく、今をがむしゃらに真摯に生きているということなのだと思う。

出典:浜島直子「蝶の粉」p.142

読みながら、ちょっとでも気を抜くと泣いてしまいそうになるほど、今の自分にぐっと刺さる言葉だった。

自由に将来の姿を夢見ていた自分と、その先にある今の自分。

やりたかった仕事に就くことができ、充実した生活だと感じてる。それでもやはり、仕事、現実、だからこそ楽しいばかりではやっていけないこともある。これでよかったのかな?理想の自分になれてるのかな?不安に思う日も。

そんな自分に、この言葉はそれでいいんだよ、と言ってくれるかのようにそっと寄り添ってくれたような気がした。

地元の名産のみかん、梅干しなどのお土産を片手に、わたしは特急電車に乗るホームで「よし、がんばろう。」と背筋を伸ばした。


部長がピックアップ!今月のことば部コンテンツ

タケナカのこれ思てんねん。第7回『ゴシップについて思てんねん

職場のイヤな噂話を聞くとうんざりしてしまう、ということば部読者さんの「思てんねん」に対して、タケナカが軽やかに解釈、お答えしています。誠実に、平等に生きていたいと思いながらも、ついついダークな部分が見え隠れしてしまうのが人間。そんな自分の両面性に、長らく葛藤していた部長自身も、なんだか読むと心が軽やかになる記事でした。

ぜひご覧ください!


急に夏めいてきましたね。最近はアイスコーヒーばかり飲んでいます。

みなさまも、夏バテに気を付けてお過ごしください。来月のフェリシモことば部もどうぞよろしくお願いします。