フェリシモCompany60th

森に“帰る”感覚を、商品を通して届けたい フェリシモの森基金と「樹から生まれた縁樹の糸で紡ぐ 糸曼荼羅(まんだら)制作キット」 ~森活部部長・田浦紀和子さんにインタビュー~【前編】

田浦紀和子さん

―フェリシモの商品・サービス企画の根底にあるサステナビリティ・ストーリー―

事業性、独創性、社会性が交わり合い生み出されるフェリシモならではの商品やサービス。
この連載では「社会性」にフォーカスし、プロジェクト担当者たちの想いをお伝えしています。

フェリシモの森基金」は、自然環境のために何かアクションを起こしたいという切実な思いから、1990年にスタートした基金です。毎月100円基金としてお客さまから寄付を募り、その支援の積み重ねによって、インドでは砂漠が森に、東北では命を守る防災の森が生まれています。
一方で、自然環境をめぐる課題が変化するなか、フェリシモでは植林にとどまらず、日本の森の循環を取り戻すための取り組みも進めてきました。そうした活動を担っているのが「森活部」です。
森活部が大切にしたいのは、森に思いをはせる人が一人でも多くなること。森の大切さに気づく人が増えれば未来は変わるはずと信じ、その懸け橋になるような活動を行っています。 そうした思いから、新たに生まれたのが「樹から生まれた縁樹の糸(えんぎのいと) で紡ぐ 糸曼荼羅(まんだら)制作キットの会」です(*1)。

今回は、森活部に新たな風を吹き込む、現部長の田浦紀和子さんにお話を伺いました。

話し手:田浦紀和子さん
聞き手:フェリシモしあわせ共創事務局

*1:「縁樹の糸(えんぎのいと)」は日本各地の樹木を繊維に紡ぎ、樹木糸やファブリックや雑貨を展開している大阪発のプロジェクト・ブランドです。

森と人との関わりを、今あらためて見つめ直す

フェリシモの森基金は、お客さまとともに社会活動に参加できる仕組みとして長く親しまれてきましたが、その一方で、時代とともに活動のあり方も変化してきています。

田浦さんが森活部に関わるようになったのは2023年ごろ。活動が少し縮小していた時期に、あらためて活動を行なっていきたいという、さまざまな思いが社内で重なりあったタイミングでした。

田浦:森基金という、フェリシモに深く関わる代表的な基金活動だから、それを絶やしてはいけないのではないかと。入社以来、ファッションやインナーの企画一本で仕事を続けてきたので、戸惑いはありましたが、やってみようって思ったんです。

田浦さん。
田浦さん。

長く続いてきた基金だからこそ、時代ごとに課題や寄り添い方を考え直したり、活動を見直す必要があります。
森活部では、ただ木々を増やすだけではなく、自然の懐の深さを心身で感じることで、人々が森へアクセスするきっかけとなる活動が展開されています。神奈川県の「小網代の森」での環境整備活動や、「森のクレヨン」の企画なども、そうした取り組みの一つです。

さらに、長く商品企画を手がけてきた田浦さんの発想から、「樹から生まれた縁樹の糸で紡ぐ 糸曼荼羅(まんだら)制作キットの会」という、まったく新しい木と人の関わり方で、人の内面にまでアプローチする商品も生まれています。

自然のなかにいることが、ただ楽しかった

田浦さんが入社したのは、社会的に環境問題への意識が高まりはじめた1990年代。当時からすでに自然環境への興味を持っていたという田浦さんは、鹿児島にルーツをお持ちです。
幼少期は、里山の風景が広がる祖父母の家ですごす時間がとても好きでした。川遊びをしたり、虫を追いかけたり、薪で沸かした五右衛門風呂に入ったり。
そんな幼少期の体験のひとつひとつが、今も心の奥に残っているのだと言います。

田浦:自然と“一緒にいる”ことが心から好きで。まちで友だちと遊ぶよりも、祖父母の家の周りで遊んでいる方が楽しかったんですよ。おそらくあの感覚が原体験となり、ものごころついてからも、自然環境のことはずっと気になっていました

田浦さん

1990年代は、リオデジャネイロで「国連環境開発会議(地球サミット)」(1992年)が開催されたり、1997年には「京都議定書」が採択されたり。地球規模で環境問題への取り組みが広がっていきました。

そんななか、1990年にすでに森基金の活動がスタートしていたフェリシモ。田浦さんは、就職活動中に「あなたの就職が地球のターニングポイントになる」というフェリシモの求人キャッチコピーと出会います。

田浦:文学部出身ですし、専門的な知識はありません。けれど、この言葉にふれて、フェリシモでなら、自然への思いをなんらかのかたちにできるのではないかと思ったんです。

自然の近くで育った実感と、環境問題を何かしたいという気持ち。その二つの想いが、田浦さんをフェリシモへと導いたのでした。 

「植える」だけでは守れない自然がある

基金が設立された当時は、森を守る方法として「木を植える」ことへの関心が高く、国内外で植林を軸とした森づくりを行ってきました。その結果、国内外44ヵ所に「フェリシモの森」が広がっています。

しかし今では、植えることに加えて、森や里山に人が関わり続けることの大切さにも目が向けられるようになっています。

田浦:自然にはできるだけ人の手を入れないで、緑を戻していく取り組みがメインでした。ただそれだけでは環境問題は解決することはなく、森や自然をめぐる課題は、この35年で少しずつ変化してきました。

フェリシモ森活部では、神奈川県三浦市にある「小網代の森」で活動も。森の中央を流れる浦の川の源流が海(相模湾)まで人工物で遮られず残されている貴重な集水域なのです。
フェリシモ森活部では、神奈川県三浦市にある「小網代の森」で活動も。森の中央を流れる浦の川の源流が海(相模湾)まで人工物で遮られず残されている貴重な集水域なのです。

田浦さんが、幼少期の原体験を思い出して再び森活部へコミットし始めたのは、コロナ禍に野草や里山について学んだこともきっかけとなりました。
里山とは、人間の生活や生産活動と密接に関わる山や自然環境のこと。つまり、適度に人の手が加えられ、人が自然と共生しながらつくり上げてきた環境です。

田浦:今は、里山の手入れをする人が減り、耕作放棄地が広がっています。その結果、これまで保たれてきた森と人の暮らしの境目も曖昧になってきた。そのことで、野生動物が人里におりてくるなどの現象が起きています。一度人が手をつけてしまった森は、人間がめんどうを見続けないと保てないということを知り衝撃を受けたんです。

日本の森や里山を守ることは、ただ手を引くことではない。自然と関わり続けることの大切さが、今あらためて問われています。

田浦さん

森に“帰る”感覚を、商品を通してお届けしたい

今、取り組むべき森の課題に向き合うために、森活部として、社会に発信したい商品とはどんなものだろう?という思いを巡らせ生まれたのが「樹から生まれた縁樹の糸で紡ぐ 糸曼荼羅(まんだら)制作キットの会」。木の板に打ち込んだ釘に、木から生まれた“樹木糸”をかけて幾何学模様を描き出す曼荼羅です。

「樹から生まれた縁樹の糸で紡ぐ 糸曼荼羅(まんだら)制作キット」。森の中で五感が解放される感覚をイメージしてデザインしています。
「樹から生まれた縁樹の糸で紡ぐ 糸曼荼羅(まんだら)制作キット」。森の中で五感が解放される感覚をイメージしてデザインしています。

さまざまなアイデアを出すなかで、ある日、田浦さんの目に留まったのが、六甲山で開かれていた「木の糸曼荼羅ワークショップ」なるものでした。

六甲山の間伐材を台座にして、樹木由来の糸をかけて糸曼荼羅を制作するというもの。森活部のメンバーとともに実際に参加してみた田浦さんは、糸を紡いでいる時間、無になって自分の内側に入っていく感覚を得たのだといいます。

「木の糸曼荼羅ワークショップ」にて。開催地の神戸・六甲山の森の木に、樹木糸で糸曼荼羅を描きました。
「木の糸曼荼羅ワークショップ」にて。開催地の神戸・六甲山の森の木に、樹木糸で糸曼荼羅を描きました。

田浦:森の中に入ったときに、香りや音、風を感じながら、自分に戻っていくような感覚があるんです。その感覚と糸曼荼羅をかける時の感覚がどこか似ていて。
ただ木でつくられたものを提案するのではなく、木から生まれた糸にふれることで、作り手が自分のなかで何かを感じてもらえるものを商品化できないかと思ったんです。

お客さまにその感覚を共有したいという思いが、「樹から生まれた縁樹の糸で紡ぐ 糸曼荼羅(まんだら)制作キットの会」の出発点となりました。

後編では、気になる「縁樹の糸」のお話や森基金におけるこれからの寄付のあり方、そして、自然環境に対して私たち一人ひとりにできることについてさらにお話をお聞きします。

後半につづく
この記事をシェアする
Twitter
Facebook
LINE

コメント

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。

コメントを投稿する
ページトップへ戻る